和歌山県

伊太祁曽神社と日前宮

今年の1月4日、そんなに寒くはなかったので自転車で伊太祈曽神社へ行きました。いわゆる初詣ということになりますが、本人はまったくそんなつもりはありません。いいお天気でした。4日ともなると、初詣のピークもすぎています。主祭神は五十猛命(いたけ…

府守神社(聖天宮)

空は秋、地は夏。日傘のお世話になりました。 弥生時代にはなかったスグレものが、稲を刈り取っていきます。 府守神社。地元では聖天宮で通っている。 境内で子供が遊んでいる。平成の世では珍しい。 紀伊国総社という説あり。和歌山市府中にある府守神社。…

海南市へ

気になる場所やモノなどを書き留めているB6版ノートをぺらぺらめくった結果、海南市にやって来ました。 伊勢部柿本神社おそらく「伊勢部」という文字に反応して書き留めたのだと思います。JR紀勢本線の高架と隣接して鳥居がありました。 そういえば最近…

玉垣勾頓宮

刺田比古神社に行った折(ではなく、刺田比古神社を調べていて)聖武天皇の頓宮が紀ノ川沿いにいくつかあることを知ってそのひとつを訪ねました。 昨日からの雨は止む気配がありません。カンカン照りよりはマシなので濡れ覚悟で行きました。 近くの市立図書…

刺田比古神社

和歌山城の岡口門を出て、三年坂を横切ったあたりにこの石碑が立っている。 後ろには岡公園が見える。 石碑をすぎ、岡公園に沿ってまっすぐ南へ。突き当たりを右に折れ、すぐさま左に曲がると刺田比古(さすたひこ)神社に着く。 式内社。 鳥居をくぐった処…

亥の森

亥の森(いのもり)というのは、伊太祁曽神社が、現在の日前宮の地から遷座した(させられた?)最初の地らしいのです。写真は伊太祈曽神社の参道です。向かって右に本殿があります。亥の森はこの道のやや奥を左に入って行きます。 伊太祈曽神社のご祭神は、…

濱宮

元伊勢のひとつとされる濱宮。和歌山市と海南市の境目にあります。歩道橋から、名草山を望んでいます。 海岸(マリーナシティ)にほど近い、住宅街にありました。 由緒書きによると、豊鍬入姫命(とよすきいりびめ)がこの地に来たのはBC47年となってい…

大歳神社

目的地近くの道幅がどれくらいあるのか、駐車場があるのかないのか。車で行くかどうかは、この2点の確認に拠ります。どちらも不明だったので自転車で行きました。大歳神社というところです。鳥居右前の石碑には「大歳宮」とありました。 鳥居の額は「大歳神…

徳勒津宮を探して散歩

仲哀天皇は徳勒津宮(トクロツノミヤ)から九州に旅だったという話がある。その宮跡を探す散歩に出た。 散歩しているといろんな発見がある。面白い名前をつけたもんだ。 しばらく川沿いを歩く。のどかでいい住宅街だけれど、川の水が、美しくない。 美しくな…

志野神社

神功皇后の行幸地とされる「小竹(しの)宮」の比定地のひとつである志野神社を探しに行きました。場所は、紀の川市北志野。 志野(しの)という地は、亡き父の生まれ故郷。50年前には幾度となく訪れていた場所です。だからおおよその場所はわかりますが、…

御坊市散策

和歌山県御坊市。和歌山県の市町村であきらかに南北に長いのは、かつらぎ町と御坊市しかないと思われます。他は四角っぽいか東西に長い。人口は2万5千。ピークで3万ちょっと。この御坊市には「日本一」がいくつかあります。 そのひとつが紀州鉄道。日本で…

高野山女人堂など

高野山の女人堂を見たくて行った。正確に言うと、女人堂の位置とそこを通っている道を確認したかった。 ※これは不動坂口女人堂です。 女人堂の前。ここから下って行く。 女人堂から下ってくる路線バス。急坂には見えないが、バスは苛立つほどゆっくり下って…

宇賀部神社

1972年、グアム島から帰還した横井庄一さんは「恥ずかしながら帰って参りました」とおっしゃった。当時、私はリアルタイムにニュースを見ていて、今も覚えている。 その2年後1974年、ルバング島から帰還した小野田寛郎さんは「天皇陛下万歳」とおっ…

高野山 円通寺

高野山は、大門から奥の院まで、つまり西から東へ車道が通っている。 その奥の院の少し手前に熊谷寺(くまがいじ)というお寺があって、その脇から真別処、円通寺へ通じる道がある、という予備知識だけで奥の院手前に車を停めて歩きはじめた。 賑やかな車道…

道成寺

2013.2.3道成寺へ行った。文武天皇勅願所とは知らなかった。 「かみなが姫物語」という藤原宮子の伝説があるらしい。日本風景街道 熊野 ホームページより 日高の村長に生まれた女が、母親の深い祈りと犠牲によって、丈なす美しい黒髪に恵まれます。やがて、…

高野口散策

高野口という街は、高野山への登り口として栄えた歴史ある町らしい。 JR和歌山線高野口駅。あらためて見ると、趣があります。 今日の目的は、名古曽廃寺跡と三彩釉骨蔵器の出土地。簡単な地図を頼りに、入り組んだ道を行ったり来たり。なかば諦め気分にな…

長保寺

海南市にある長保寺(ちょうほうじ)。ここの特徴は、紀州徳川家歴代藩主の墓所があるということと大門、本堂、多宝塔がそろって国宝(法隆寺とここの2箇所だけ)ということ。 大門 参道 本堂 多宝塔 境内はそう広くはないが、無駄なものがひとつもなく簡素…

織田秀信終焉の地

南海高野線としばらく並走しながら橋本市向副(むかそい)という処へ。 織田秀信、幼名は三法師。織田信長の嫡孫。三歳のとき、あの清須会議で秀吉に抱えられのち十三歳で岐阜城主となる。 関が原では西軍につき、後、高野山へ追放される。 異説あるようだが…

箸折峠へ

阪和自動車道の南紀田辺インターを降りて国道311号線をとおり、牛馬童子のおわす箸折峠へ。 国道と並走する富田川にかかる通称「大塔の木橋(もくはし)」水量が増えると、解体して被害を防ぐらしい。 清姫茶屋から富田川を見る。訪れたのは11月。美し…

龍蔵院

あまりにも低い視聴率が話題になっているNHK大河ドラマ「平清盛」ですが、私は欠かさず見ています。画面が汚いとか、台本がむちゃくちゃだとか、マイナス面での話題が多いように思います。私の場合は、松山くんの清盛には未だ馴染めませんが、脇を固める…

満願寺

湯浅町にある満願寺というお寺です。JR湯浅駅のすぐ東側で、高野山別院とあります。 本堂。左手にはお墓があります。不動明王もおわし、あまり見かけない景色です。 不動明王。その奥に、これも珍しいほど長い縁起が書かれた板があります。 縁起の抜粋。 …

ああ、二つ鳥居

雨に煙る天野の里、あるいは雨上がりの天野、いいなあ。雨の中、車を走らせた。道すがら、前回残念した「二つ鳥居」に行き先を決めた。 丹生都比売神社第二駐車場から歩く。 雨は梅雨らしく「しとしと」程度。けれど、というかやっぱり蒸し暑い。 西行堂は前…

最上廃寺跡

桃山町に美福門院のお墓と伝わる場所があります。この大きなクスノキの一帯で、最上廃寺跡とも尼岡御所跡とも言われています。 写真右手の方(南)は小高い丘陵地帯で(今は工業団地)尼岡と呼ばれているそうで、尼寺があったと伝えられています。 クスノキ…

金剛峯寺

随分と訪れた高野山の中で一度も行ったことがないところ。今日はそのひとつ、金剛峯寺に絞って行きました。 正門。(写真奥、ちょっと見にくいです)1593年に再建された当時のままだそうです。 正門に近づくにつれ、檜皮葺の屋根がだんだんと大きく見え…

願成寺

海南市にある願成寺(がんじょうじ)というところに行きました。普通に車で行っても面白くないので亀池公園に車を駐めて歩くことにしました。本によると約30分。最初は川沿いに平地を歩きます。 この日は、日差しが強く、途中からはたらたらと坂道で、行け…

宝来山神社

国道24号線、道の駅紀の川万葉の里からほんの少し北東に位置します 拝殿773年、和気清麻呂が八幡宮を勧請したのが始まりでのち文覚上人が社殿を造営したとあります 拝殿と奥に本殿この間を横切るかたちで、古南海道が通っていたと伝わります古南海道は…

野上八幡宮

御祭神を見つめつつ、知った名前がぎょうさんおるなぁと思った。 いままで来たことがないのが不思議なほど、雰囲気のある神社。しかも、自宅から車で15分。驚異的に近い。 中門にある像。誰なんだろう? 境内。創建は欽明天皇、552年とあります。石清水…

淡嶋神社

和歌山市加太に有名な淡嶋神社があります。何が有名かというと、無数の人形です。 参道にある鳥居をくぐると、まずこれを目にします。浄火というそうです。お祓いを受けた人形たちを燃やす所です。 ここに来たのは初めてです。自宅から割合近くにありながら…

施無畏寺

平治の乱の折り、熊野参詣の途中にあった平清盛をたすけて無事帰洛させた湯浅宗重という人がいます。湯浅城の城主です。この人の孫に明恵上人がいます。 紀伊水道に面した眺めのいいところに施無畏寺があります。明恵上人の従兄弟にあたる藤原景基が1231…

中言神社

「名草姫を調べよ」とN氏に言われて、調べました。で、和歌山市にある中言神社に行ってまいりました。久々の自転車でした。狭い道を通ります。 竃山神社に近い処にあるのですが、ここは日前宮の摂社のようです。 今は小さい境内ですが、往時あった壮大な神…