2014-01-03 徳勒津宮を探して散歩 和歌山県 仲哀天皇は徳勒津宮(トクロツノミヤ)から九州に旅だったという話がある。その宮跡を探す散歩に出た。 散歩しているといろんな発見がある。面白い名前をつけたもんだ。 しばらく川沿いを歩く。のどかでいい住宅街だけれど、川の水が、美しくない。 美しくない川にも鳥はいる。(写真では綺麗に見えるなぁ) 目指す場所は、線路の向こう側。 おお、ここは昔なつかしい操車場ではないか。今も現役のようだ。 住宅街で迷い、結局大和街道に出た。この店が目印で、また南下する。 あった。右端の車の前。 この石碑の最後には、天保三年良月と彫られていた。1832年。 仲哀天皇二年とある。漢字ばっかりで日本書紀の原文かと思ったが「書記曰」とあるからそうではないでしょう。 日本書紀の仲哀天皇二年 ツヌガに皇后以下を留めたまま南国を巡狩し紀伊国に到り徳勒津宮に入る。このとき熊襲が背いたので鎮定しようと徳勒津より九州へ向かう。 とあるらしい。 その後、仲哀天皇と神功皇后は九州筑紫で合流。神懸かった皇后のお告げに反対した天皇は急逝。その日からジャスト十月十日で応神天皇が生まれる・・・と物語は続く。 今日の散歩コース ___目印の店___←___大和街道 | | | | |●宮跡 | | +踏切 |↑ → _______________|____ 大門川