2015-01-01から1年間の記事一覧

長野旅(2)須々岐水神社

松本城大手門跡にある四柱神社は、いわゆる天津神を祀りながら、なぜか出雲の美保神社から大国主と事代主を勧請していた。出雲と信濃がつながっている証だと思うほかない。松本城から東に向かう。松本市里山辺薄町(さとやまべ すすきまち)というところに須…

長野旅(1)松本城

多治見市の永保寺から松本市に向かった。中央道の恵那山トンネルを抜けると長野県に入る。このトンネルは、8.5キロ前後(上りと下りで違う)もあり正直ウンザリする。けれど、よう~く考えるとありがたいトンネルなのだ。松本に着いた頃は、もうチェックイ…

永保寺

普段は、日帰りの範囲であちこち出歩いているが年に一度は遠出をしている。今年は長野に行った。途中、岐阜の多治見市にある永保寺(えいほうじ)に寄った。庭園を見たかった。中央本線の踏切手前に無料駐車場がある。踏切を渡って右に折れ線路沿いに歩いて…

彼岸会

806年、平城天皇が早良親王のために「七日金剛般若経を読まわしむ」と詔して行われた仏事が彼岸会の始まりらしい。(ウィキペディア)平城天皇は、父の桓武天皇と折り合いが悪く藤原薬子と平城京に固執し、早良親王の祟りを恐れたのだろう。先週、母親が…

真土(まつち)と軽(かる)

和歌山県橋本市の真土。奈良県との県境にある。こんな駐車場がある。が、訪れる人は多くはないと思われる。駐車場から、国道24号線を横切り「飛び越え石」を目指す。奈良方面を向いている。やや大きな建物の向こうに落合川が流れている。その川が県境のよ…

田原本町(2)

大和川のほとりにある池神社からほぼまっすぐ西へ行くと法楽寺というお寺がある。今は小さなお寺だ。このお寺の参道横にこんな石碑がある。桃太郎のモデルである吉備津彦の父は孝霊天皇で、その皇宮がここにあったということらしい。桃太郎生誕の地というこ…

田原本町(1)

奈良県田原本町。地図を見ると、大和平野のほぼ中央に位置している。奈良は、山の辺の道あたりに目がいきがちだけれど唐子・鍵遺跡があり、平城京と藤原京を結んでいた下ツ道がとおる田原本町も興味深い歴史の町である。大和川に沿って「しきのみちはせがわ…

出雲大神宮

丹波国一之宮、出雲大神宮へ行った。京都府亀岡市にある。神社手前にあった千歳車塚古墳。前方後円の様子がよくわかる。ここは亀岡市千歳町という町らしい。すぐ西には吉備という字がある。千歳に吉備、妙な取り合わせだ。被葬者の第一候補は倭彦王。継体天…

飛鳥周辺

五条市から高取町へ抜ける県道120号線。ほぼJR和歌山線と並行するように走る。吉野口あたりでは近鉄吉野線も並行する。こういう広い区間もあるが、対向不能な箇所もいくつかある。そういう道だったのか。市尾墓山(いちおはかやま)古墳というのがあった。…

国吉熊野神社

斉明天皇陵は、奈良県高市郡高取町の車木という所にあった。そこから東南方面には、兵庫、薩摩、吉備、土佐などという字名が続く。知らなかった。高取町は壷阪寺と高取城跡の町だと思っていたが、まったくイメージが変わった。上土佐、下土佐が高取町の西端…

斉明天皇陵

御所市だと思っていたら、高取町だった。御所から東へ曽我川を渡ると高取になる。標識が指す方向を向く。突き当りが目的地のようだ。宮内庁の立て札があった。足元が滑りやすいとの注意書きだった。この時、雨は降っていなかったが下は濡れていた。確かに気…

王寺・平群・斑鳩

タイトルの「王寺・平群・斑鳩」は行った町名を列記しただけのものです。北葛城郡王寺町の王寺駅。市ではなく町なのにでかい駅だ。王寺駅の近く。こんな処に位置していたのかと少し驚く。しばらく南下すると達磨寺がある。推古天皇の発願により建立とある。…

海会寺跡(一岡神社)

大阪と和歌山を結ぶ紀州街道という道がある。その街道沿いに、海会寺跡と一岡神社がある。大阪から南下すると、鶴原あたりで孝子峠(きょうしとうげ)越えのルートと雄ノ山峠越えのルートに分岐しているらしい。雄ノ山峠越えのルートは熊野街道でもあり九十…

光明寺

ひょんなことから、このお寺の存在を知っていた。山科の日向大神宮からの帰り道、その事を思い出して長岡京市にある光明寺へ行きました。西山浄土宗の総本山らしい。浄土宗ということは、法然ゆかりのお寺。いくつもある宗派のことは分かりません。蓮生(れん…

日向大神宮

京都市山科区にある日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)。すぐ北に左京区の南禅寺、東には知恩院があるような場所。地下鉄蹴上駅からの歩きが一般的なようだが、車で行った。細い急な坂を登るとこの石段の前に数台の駐車場があった。内宮(ないく)と外宮(…

丹生川上神社

吉野宮滝を散策してから丹生川上神社へ行った。丹生川上神社は上社、中社、下社の3社がある。3社はそれぞれ2,30キロ離れていて、この名称は、格式や所在地とは無関係のようであり、何故そうなったのか調べると、これがすこぶるややこしくて、腑に落ち…

高野三題

気が付くと10日の間に3回高野山に登っていた。3回分をまとめてアップしようと思っていると、このようなタイトルが浮かんだ。1回目徳川家霊台の内部特別公開の最終日だった。日曜日だった。すごく、すごく混んでいた。ここは比較的空いていた。こういう…

宮滝

奈良の吉野にある宮滝というところへ行った。宮滝遺跡とよばれ、縄文から飛鳥・奈良時代までに至る遺構が見つかっている場所である。吉野歴史資料館。のんびりと見学。資料館付近の風景。吉野離宮があった付近と思われる。離宮といえば、桂離宮が有名で現存…

補陀落山寺

熊野三山はその位置関係からか本宮は西方極楽浄土、新宮速玉は浄瑠璃浄土、そして那智は補陀落浄土と関連付けられている。その那智大社の南東にあり海に近い補陀落山寺。補陀落渡海の出発地。補陀落渡海とは捨身行の一種。行者は渡海船に閉じこもり沖合まで…

那智大社と青岸渡寺

花窟神社から、つまり三重県熊野市からまたもや和歌山県の那智勝浦町に戻って熊野那智大社と青岸渡寺に行きました。実を言うと、熊野に来た目的は青岸渡寺だったのです。西国三十三箇所第一番札所。故あって数年前に、三十三箇所の半分程を廻ったが第一番は…

花窟神社

熊野という言い方を広い意味で使う場合和歌山、奈良、三重にまたがるそうです。新宮市から三重県に入り花窟神社(はなのいわやじんじゃ)に行きました。国道沿いにあって、その道と並行して参道があります。参道突き当りの風景です。ご神体は、この巨岩です…

熊野速玉大社

新宮市にある熊野速玉大社。本宮に対しての新宮ではなく熊野の神々が最初に降臨したゴトビキ岩を祀る神倉神社を元宮とする新宮らしい。熊野神社総本宮とある。いわゆる熊野三山はどれも総本宮であるらしい。主祭神は熊野速玉大神と熊野夫須美大神。つまりイ…

阿須賀神社

前回、神倉神社をアップしてから随分と日が経ちました。熊野巡りを一気にアップしようと思っていましたが思うようにはいきません。この徐福の碑は、新宮駅前にある徐福公園のものではありません。阿須賀神社の参道入口にありました。阿須賀と書いて「あすか…

神倉神社

念願の新宮市にある神倉(かみくら)神社。なにゆえ念願なのか。それは、熊野を感じることができるから?すでに神域。なのですが、ほん手前は住宅街。ナガスネヒコとの戦いの後この地に来た神武天皇にフツノミタマを差し出したと伝わるのがタカクラジ。タカ…

仁徳天皇陵と大仙公園

天皇陵はいくつか行ったが、仁徳さんは行ったことがない。地図を眺めながら、面白そうなので遠回りの電車旅にした。たま電車が走る路線の駅。いつも見慣れた風景だがおや、公衆電話があったのかと思って写真を撮った。JR和歌山駅から和歌山線で橋本まで行…

豊浦寺跡と古宮土壇

明日香のことを考えていて、そういえば古宮土壇を見たことがないなぁ、と思い立って急遽出かけた。明日香はやっぱり歩き。でも、レンタサイクルも多かった。今日のテーマは、すべてこの解説に簡潔に書かれている。ここ向原寺は豊浦宮があったところで、その…

今城塚古墳と太田神社

何かを調べていて「呉の勝」(クレノスグリ)に出くわした。呉の勝は韓国から来て、始めは紀伊の名草郡太田村に着いて、その後、分かれて摂津国三島賀美郡に来てそこの地名も太田としたらしい。そこにあるのが太田神社で式内社である。太田は「おおだ」と濁…

伊太祁曽神社と日前宮

今年の1月4日、そんなに寒くはなかったので自転車で伊太祈曽神社へ行きました。いわゆる初詣ということになりますが、本人はまったくそんなつもりはありません。いいお天気でした。4日ともなると、初詣のピークもすぎています。主祭神は五十猛命(いたけ…

はじまり

4月から新たな人生が始まりました。無職という職を得ました。40年近く続けた仕事をやめました。自分の意思でやめました。春は誰もが浮かれ華やぐ季節のようで、しかし複雑な季節です。楽しかったことなどは、あまり思い浮かびません。失敗したことや嫌だ…

枚岡神社

意識しないと、何故か「まきおか」と読んでしまう。枚岡(ひらおか)神社。近鉄奈良線の枚岡駅真ん前。注連縄で隠れているが、天孫輔弼と刻まれている。天孫ニニギを補佐したアメノコヤネのことらしい。行ったのは昨年末。お正月の準備が始まっていた頃。ど…