藤白神社でちちんぷいぷい



徳川三代将軍・徳川家光の乳母
春日局は幼い家光が泣いたとき
「知仁武勇は御代の御宝」 
(ちじんぶゆうはごよのおんたから)
と言ってあやしたらしい。 

このちじんぶゆう」がちちんぷいぷい」の語源だという説がある。

ちちんぷいぷい いたいのいたいの とんでけ~




昨日(2019.2.12)
わかやま歴史物語の第3ストーリー
「悲劇の皇子 有間皇子と藤白坂」のネタ写真を撮りに藤白神社へ行った。



一見して「何かの取材だな」と分かった。

ブルーのダウンジャケットの人が近づいてきた。

「・・・・・・え・あぁ・・!」


なんとなく、テレワカ(テレビ和歌山)だと思っていた。
それが、えっ・・・ちちんぷいぷいが?なんでここに?
少しうろたえていたのかもしれない。


「あと五分くらいで生放送します。映っていただいてもいいですよ」
「・・・あ、いや、逃げます・・・」


ちちんぷいぷいの様子を気にしながら散策した。
アナウンサーの生の声が聞こえて来た。始まった。

そういえば、生放送とか言ってたなぁ。
車に戻ってテレビをつけた。ホントに生中継だ。
スタジオにはいつものメンバーがいて会話してる。
あれ、こっちに来てる、近づいてる。来た!

助手席の方を見ると真横を撮影クルーが歩いてる。
テレビに目をやると画面いっぱいにマイカーが映って・・
車内の様子は・・・見えなかった。


最近ちょっと話題になってる鈴木屋敷に行ったようだった。



以下は2016年5月の写真

奇しくも昨日、この写真の立ち位置に車を停めていた。
撮影クルーは左(藤白神社)から右(鈴木屋敷)へ歩いて行った。






今は佐藤姓が一番多くて、鈴木姓は2番目だとか。






こういう状態だった。


今は解体工事が終了し、復元費用を集めているようだ。
今朝の朝刊に、スズキ自動車が寄付をしたという記事があった。



歴史ある場所なのです。




それにしても不思議だったのが
テレビ中継車らしきものが見当たらなかったこと。
カメラマンが一人で、他に機材を持った人もいなかった。

調べてみた。
今は、リュック一つくらいの機材で高画質の中継ができるらしい。
知らなんだ。