2015年(10)岩橋古墳・岩出・隅田


6月なかば。


大阪の泉南市にある海会寺跡です。
壬申の乱があった7世紀後半の創建
畿内の南端を示す位置に建てられた
という説が有力なようです。

▲講堂跡。

ちなみに当時、わがふるさと和歌山は畿内ではなく
南海道でありました。よく「近畿のおまけ」などと
言われますが歴史的にみても正しいのかも・・・。







紀伊風土記の丘(岩橋千塚古墳群)にある大日山35号墳
6世紀前半の前方後円墳で、翼を広げた鳥形埴輪や両面人物埴輪
など日本で初めての形象埴輪が発掘されているようです。

▲北を向いています。和泉山脈が見えます。






南方面です。阪和自動車道が見えます。







古墳の上に鉄塔が立っています。

施設内にある博物館には、翼を広げた鳥形埴輪などが
展示されています。ですが、ここの古墳群と紀氏との
関係を示すような資料がないのが残念です。









和歌山の岩出市にある山崎神社






祭神は、大市比賣命、大山津見命、須佐之男命 。
オオイチヒメはオオヤマツミの娘でスサノオの妻
ということです。







前回の伊久比売神社の市姫とは、
オオイチヒメのことなのだろうか。

オオイチヒメは、スサノオとの間に
ウカノミタマ(お稲荷さん)とオオトシ(大年神)を生んでいる。
オオトシはニギハヤヒだと今も思っているのです。







こちらは和歌山の橋本市にある隅田八幡神社です。
あの国宝人物画像鏡で有名なところです。
その本殿裏手で、平成9年に経塚が発見されたと
いうことです。右側の塀で囲まれたところです。


経塚とは仏教の経典を容器に入れて土中に収めたもので
1164年に書写された経典が確認されている。
神仏習合の影響で、経塚が残る神社は数多いらしいが
明確に時期がわかる経塚は珍しいそうです。


6月はこれくらいで。


平成27年6月