山陰旅5(須我神社)

熊野大社でいい汗をかいた後は、神魂神社に行くつもりでした。
が、快走路を走っていて須我神社の標識を見て、寄ってみました。




それにしても、出雲の道は走りやすい。
ところどころ少しのアップダウンはあるが、信号がない。
片側一車線の贅沢な道が交差するところにも信号がない。

なぜ信号がないのか?
「ほとんど車が走っていないから」
という答えしか思いつかない。







ここには、日本初がふたつある。
ひとつ、スサノオが造った日本初の宮殿。
ふたつ、スサノオが作った日本初の和歌。








この石碑が端的に言い表しています。









拝殿で長い間お祈りをする女性がいました。
お連れだと思われるスーツ姿の男性は、携帯で話ばかり。









その女性は、
祈りを終えると10インチはあるタブレットで写真を撮った。
スーツ姿の男性は携帯で話を続けている。
やっと拝殿の前が空いた。









やはり圧巻の注連縄。










この神社は、スサノオクシナダヒメの住居だった
という記憶だけはありました。









この歌碑は、たまにテレビで見るものです。
唯一ここにしかないものと思っていましたが
熊野大社にもあったし、このあといくつも見ました。









奥宮に向かいました。が、入口で断念しました。
予定外でもあったし、少々きつそうだったので。



須我神社にはタケミナカタが配祀されている、と後で知りました。
配祀とは、主神と縁のある神をお祀りすることらしいのです。

そして、須我神社には鹿食神事というものがあるらしいのです。
鹿、すなわち鹿島の神を食う。鹿島の神はタケミカヅチ
すごい神事です。

スガ、スサ、スワ、なにやら似ています。



平成26年11月