2012-12-01 天智天皇稜から智積院 京都府 元慶寺参拝のあと、天智天皇稜へ寄りました。中臣鎌足と談山神社で語らい蘇我入鹿を暗殺したあの中大兄皇子です。木々に囲まれた緩やかな丘陵地にあります。天智天皇、時は飛鳥時代。この時代を含め、平安時代までの陵は、ほぼ奈良や大阪にあります。平安以前の天皇で京の地にある陵は、唯一と言っていいのではと思われます。日本で始めて時計を作ったのが天智天皇と言われています。水時計です。日本書紀にその日が6月10日と記されていて、今は時の記念日となっています。そのことに因んで参道入口近くに、水時計ではなく、なぜか日時計が立っています。御陵から智積院にむかいました。智積院は庭園や長谷川等伯の障壁画で有名なようです。でも、私が興味を持ったのは智積院の正式名称「五百佛山(いおぶさん)根来寺智積院」でした。紀州根来寺そのまんまの名前?五百仏山も?やはり、秀吉の根来攻めと関係があったようです。智積院は、根来寺の塔頭のひとつだったようです。後日、紀州根来寺へ確認のため行って来ました。五百仏山は参道の南にあります。根来は紅葉でした。撮影日: 天智天皇稜・智積院 平成24年10月31日紀州根来寺 平成24年11月25日