おもしゃいな(旧那賀町その1)
今日はそのうちの旧那賀町に行ってみました。
青州の父、直道が農民救済のために造っておいた池を、私財をなげうって、拡張した。
完成した池を青洲は「垣内池」(かいといけ)と命名し、そのまま農民に与えた。とあります。
青洲自身が建てた自作自筆の小歌碑があり、かろうじて「華岡青州」とう字だけは読みとれます。
碑面には次のように刻まれているそうです。
水みたば
心をこめて田うへせよ
池の昔を思ひわすれず
池の昔を思ひわすれず
次に向かったのは、旧名手宿本陣です。
注意していないと見落としそうな場所です。
入り口です。御成門とあります。(お城みたいです)
もとは、土豪妹背家の邸宅であったが、
大和街道に面していたため、参勤交代時の本陣に定められたとのこと。
母屋の内部です。
箱の文様が、家紋に思われたのですが、どうもわかりません。
風通し抜群です。